ひらめき

僕はいつもひらめきを求めているけど、
あ、ひらめいたと感じるこ自体が稀だ。

しかも、そのひらめきの殆どは只の勘違い、
または遠い過去の記憶の突然の甦り、
その甦りが見せる幻影。

ひらめきは、まぼろしであることが多い。

集中して何かについて考えている時には、ひらめきを感じられたと思える瞬間さえ訪れない。

その瞬間は、大概、なにげない自然な行動のなかで訪れる。
歩いてる時、話してる時、くしゃみした時、あくびした時、
ふと空を見上げた時、つまずいて転びそうになった時。

あ、そうかと、感じる時がある。

これは推論でしかないけど、
脳神経が今までと違う結びつけを行った時、
または、結びつけを失った時、

脳が僕に問いかけているのではないかと思う。

おい、それでいいのか?
おい、それ捨てていいのか?

全くかけ離れていた脳内のものが結びついたり、
がっちり固まっていた結びつけがほどけたり、

そのとき、ちらっとひらめきが訪れるんじゃないか。

求めている時には訪れず、
求めていない時に訪れる感じがするのは、

ばらばらに動いている神経細胞からの警告を、
その神経細胞を統合している脳の仕組みが受け取り、

何か必死に考えようとしている気の毒な僕に、ちらっと教えてくれているんじゃないか。

だから、ひらめいたことが只の勘違いだとのちに判ってしまっても、
ひらめきが幻だとしても、

求めずにはいられないし、
簡単に捨てきれない。

数々の勘違いと思える訪れのなかに、
ホントのひらめきがあるかもしれないから。