さむらかわちのかみ

このテーマについては、とても嫌悪感あふれる書き方をしますので、
邪悪なものに触れたくない方は、素通りして下さい。

この人さ、この名前自体、本名ならば相当に可哀想な気がするな。
色々からかわれたりしたんじゃないかな、子供のころから。
実際、職場の同僚にいるんだよね、名前で性格が捻じ曲がっちゃった人が。
その人は「末男」って名前なんだが、
本人は何度も自殺を考え、
ステバチな人生を送ることになった殆ど原因が、この名前にあるそうなのだ。

この事件で俺が思い出すのは、オウムのことなのだ。
マスコミによって多くの一般市民が振り回され、
結果的に悲劇的な大事件となっちまった、あれだ。
和歌山カレーのあの人にも、共通点があるな。

教祖らしいあいつの見た目の汚らしさ。そこがまず共通している。けがらわしさというべきか。
今回はまさか死人は出ていないだろうから、そこはまだましと言えるかも知れない。
さぶらを一目見て、こいつなんかおかしいぞと思った人は、たくさんいたでしょう。
直観で。
あの教祖も一緒だ。

さぶらで儲けようとし、或いは儲けちゃった側のマスコミから謝罪の言葉が聞かれないのは、
俺は納得が行かない。
あいつから何か損害賠償みたいなものを取ろうとするなら、
まず儲けちゃった金を、巻き上げられちゃった人達に、残らず全部返してからだね。
返しきれないなら、なんとか財団でもつくって、
何か世の為になるような何かに使うんだね。何かってのは、俺には思いつかないから、
一生懸命考えろ。

あからさまになったことによって、
計画したコンサートがキャンセルになったりしてそれが実害だとして損害賠償みたいな話になるとしたら、
そんなアホな話はないんだ。
乗っかって、儲けようとしたんだろ?胸に手を当てて、よーーく考えてみろ。

何かに共感したい。共鳴したい。それは正しい。

しかし、それは同情ではない。

何かで困っている人がいる、それを手助けする。それは正しい。

その人が可哀想だから、助けてあげる。これは間違い。

周りからみて、勝手に可哀想な人だなんて、決めつけていいはずがない。

本人が自分のことを「可哀想な人間」だなんて、思っているかどうかはわからない。

金を払っちゃった人は、
そのあたりをよーーく考えて、
もし同情しちゃったことが原因なら、
自分を呪うしかない。金返せとは、言えない。

いい作品だなと思った人、あなたは間違っていない。
恐らくその人達は、金返せとは言わないだろう。

さて、あんまり関係ないかもしれないんだけど、
一杯のかけそば」も、思い出した。

あれ、泣いたなぁ。確か、玉置さんだったかな、朗読。うまいんだよな。
「かけそばいっちょ〜〜〜。」
あれも、なんか実話だとかそうじゃないとか、作者が変な奴だとかいう話になって、
なし崩し的に消された話だけど、
たぶん聞き直したら、俺はまた泣くね。涙腺弱ってるしね^^。
俺は、かけそばの金を返せとは言わないね。
金払ってないから、当たり前なんだけどね。

あ、最後にラジオで聴いた話なんだけど、
発表のタイミングね、
新垣はオリンピック開幕前夜で、
さぶらはパラリンピック開幕前夜なんだってね。
ホントかね。
全部ひっくるめてプロデュースの一環だとしたら、
天才と呼ぶしかあるまい。