山の麓

千代田線綾瀬駅から北千住駅に向かう途中、あら川の鉄橋を渡るとき、
心がいつも湧き上がる。
鉄橋の手前で上側を東武線が交差している為に一旦速度が落ちるので、
鉄橋に向かうにつれて緩やかな登り阪をぐんぐん速度を上げて、
川に飛び出す感じなのだ。

進行方向右手の窓から冬の晴れた日ならば富士山、
それ以外の季節でも川の上流へ向かって富士山に連なる山脈が見える。
富士山のスケール感からみて、そうとう遠い北側まで見えているはずだと思う。
何となく、東北地方のほうまで見えてるんじゃないかなと、僕は思う。
そこに見える景色は、今の所僕にとっては一番好きな景色です。

日本の背骨が見えているわけだ。

山って、どこから山なのだろう。山頂が山なのは、わかる。
問題は、麓のほうだ。

わかんないんだな。
山って、上っかわのほうはなんとなくわかるんだけど、
おおもとのほうは、よくわかんない。

川もそうだな。川は途中の流れてるとこは、わかる。
じゃ、始まりはどこだろう。
お終いは海だとして、でもね、どっから海かね。海からたまに逆流してるからね、水は。
川は始まりのことを考えると、もうほんとに、素敵なくらいにわかんないな。
たとえば、じんわりと水が岩の隙間から滲みだしていたりして、
そこは川かな。

雲なんて、あれもどっから雲かね。
雲の真ん中に入ったとして、まぁ、その真ん中は雲の中ってことは、わかります。
そっから外側に泳いで行きますわね、
だんだんうっすらと外側の世界が見えてきたとして、どんどん泳いで行くと、
「あれっ?」てなるね、きっと。
いつのまに、外にでたんだろうって。

あれこれと考えてもきりがないのに僕はくどくどと考えてしまって眠れなくなるけど、
いつのまにか、寝てるね。
そこんとこの境目も、よくわかんないけどね^^。

で、こういうことを書いてると、
「あ、そうか。」って気付くことが、しばしばあります。
書かないと、なんか思考として結び目が出来ないんだね。
まぁ、結んでみては、すぐほどいちゃうんだけど。

そもそも区切りをつけるのは、出来ないってことですね。

僕がこんなことをだらだらと書いてしまうのには、
僕なりに少しだけ動機みたいなものがあります。

僕はよく専門書みたいな、例えば哲学とか、宗教とか、
そいういった本が好きでたまに読むのだけど、
よくわかるように書いてある本は、稀ですね。
でも、ありますよ、相当難しい話を、当たり前の言葉で書いてある本も。

解りにくいのは何故か。専門用語を使ってるから。これは結論できる。
専門用語くらい、勉強してからこの本を読みなさいという、態度だね。
用語解説の索引が付いてるけど、そんなもん見ながら読むなんて、出来ないな、僕には。
僕ね、これ、あったまにくるんですよね。
まぁ、それでも構わないんだけど、
そういう態度の本なら、冒頭に、そういう風に宣言してもらいたいんだな。
「難しいから、読むな」ってね。時間の無駄だもの。

ああ、冒頭の話とは全く違う方向に来てしまった。

日本の背骨を見ていると、ああそうか、日本という全体が、山だなぁと実感する。
地震とか、火山とか、あれこれ気にしてもしかたない。

こんなちっぽけな全体が火山みたいな日本山のわずかな麓に、
こんなにたくさんの人や自然や生き物が住んでるんだもの。ちょっとは助け合わないとね。

お、ちょっと上手く結んだかな。

============おしまい===========