戦争は無意味2

僕は日本島に住んでいるので、
戦争という言葉から、
この美しい島に核ミサイルが撃ち込まれたことを想像してみよう。

昔、2発撃たれたことがある。これは、誰の眼から見ても、恐らく明らかだ。

しばらくたった今、この美しい島は、醜くなっただろうか。

あの時、2発ではなく、20発くらい撃たれていたなら、

もしかしたら、今日本語人は殲滅されていたかも知れない。
もう、地域人種的に再生が不可能な状態に、なっていたかも知れない。

じゃね、全滅しちゃったとしよう。飛躍するけど。

つまり、何が言いたいのかというと、
日本島に、歴史的に生きてきた人が全滅していなくなって、

放射能が消えるのを待って、

誰かが乗り込んできて、

この日本島に新しく住み始めたとしよう。

まず、自分達で森林の伐採を始めて勝手に商売をして、
山を全部崩して平坦な土地を造り、
なにか食べ物を無理やり作り、
ビルを建てられなかったところに工場とビルを建てまくって、
湧き水を使いまくり、
湧き水と土地を死滅させながら、
あ、うまくいきそうだと思った頃に、

また火山が火を噴き、
津波に襲われ、
大雨で洪水が起き、

あ、ここはやっぱし住みにくいと退却を始めるだろう。

日本語人を殲滅せずに、全員を奴隷化するとして、
その日本島に、誰か達が、君臨する王族として、やって来るとする。

君臨する為には、一定の割合の量を必要とするだろう。
暴力的権威を保証するには、ある一定量が必要だ。
それを支える為には、奴隷は更に多く必要であるのは、明らかだろう。
奴隷も増やさなければならない。

しかしね、奴隷達は、
別に王族の為に自分の島を美しく保とうとしている訳じゃなく、
自分の島を愛しているから、保っているだけだ。
別に、王族の為では、無いのだ。

そもそも、そういった侵略王族は少数に限定される。この日本の狭さでは、無理なのだ。

つまり、今現在、誰かが日本島を占領しようとしても、
全く意味を成さない。

日本島は、日本島を愛する人達が一生懸命働いているから今の姿があるので、
その一生懸命さは、侵略者には、向けられない。
日本島以外の世界から侵略的に統治しようとしても、
そもそも、無理なのだ。
資源も無く、というか在っても使うにはコストがかかり、
水はこの域内で使う分には豊かだとしても、他の世界をまかなえるはずがない。

そして問題なのは、
何故か日本島を愛そうという気持ちが減り、
それを成り立たせているひとつの要素である日本語を愛する人が減り、
日本島を成り立たせてきた歴史を愛する人が減り、

人がどんどん減ると、日本島から日本語人がいなくなり、
日本島は、醜い島となるだろう。

一生懸命に愛するいう、何と言うか、
ヨーロッパ近代的には意味の無い考え方が、
日本島を支えている。

これを、悪用しているのが、
インチキ宗教的手法と、
催眠術的手法である。
大きな意味で、マスコミを含んでいる。

これは、間違いない。結論する。

僕が今まで生きてきて、
今現在可能な限りの努力の中で、
何とか答えを探し出そうという意欲の経過の、
ある意味つまらない結論だ。

とりあえず、マスコミは、疑え。
そっちは、全部じゃないぞ。
携帯ゲームにはまっている諸君。そこに、催眠術は仕込まれていないか?