お化けは何故怖い?

おいらは民話や昔話として語り継がれてきた怪談や、最近とてもホットになってきた実話系怪談などがとても好きで、
本を読んだり、ネットから仕入れたアーカイブを聴いたりしています。
落語の、三遊亭圓朝作「真景累ヶ淵」。
物語の現在進行に比例しながら語られて行く過去の因縁。まさに芸術の域に達しています。

霊や魂があるのかないのか、そういったことを言うつもりはありません。

亡くなった大切な人が自分に見えたり、聴こえたり、ふと傍にいるような気がしたりという体験談は無数にありますが、
それは決して怖いということは無いでしょう。
むしろ、もう一度現れて欲しいと自分から願うことも多いのではないでしょうか。

ところが、お化けはどうでしょう。
白い着物と長い黒髪の女。首のない落ち武者、時にその生首。旧日本兵。狐狸又は化け猫。
とても典型的に現れています。
自分が願ってもみないものを感じてしまう時、典型的な恐怖が訪れます。

こういったお化けには、
民族特有の典型が、必ず現れます。
お化け側から考えると、典型として現れなければ、怖がらせることが出来ないからです。
自分の中にすでに存在している恐怖の典型が刺激されなければ、恐怖を感じません。

その典型が刺激されると、
現実のようにに目の前に現れたり、聴こえたり、感じたり、匂がしたり、
ありありと感じられることは当たり前です。

これは、とても難しい問題を含んでいて、
つまり自分が見ている世界というのは、
自分の脳が刺激によって生み出す運動に他ならないという事実が突きつけられるのです。
自分自身が生み出す脳刺激も、無数にあるでしょう。幻想と言っても良いかも知れない。

目に見えないものと、目に見えるものの両方が脳を刺激するので、
おいらは両方とも楽しんじゃおうという立場をとっています。自分が生み出すものも。

さて、こう言っちゃってしまって。
さぁ、ふっと振り返ってみましょう。「あぁ。。。。。。!!!」

この記事自体が、実話系怪談であるのかも知れません。Σ(゚∀゚ノ)ノキャー